人間の体は六十兆個もの細胞でできている。形は違っているが、どの細胞も、もともとは一個の受精卵が分裂し増殖し分化することによってできたものだから、その中に収まっているDNAは、受精卵の中にあったものがそのまま複製されて受け継がれているはずである。実際、肝臓の細胞でも眼の細胞でも、含まれているDNAの構成は受精卵のそれと全く同じである。
ところが、抗体を作るB細胞では、受精卵や他の体細胞では離れた場所にあった遺伝子の断片がつながりあって、受精卵にはなかった新しいまとまった遺伝子の単位が作り出されていることを、利根川は発見した。遺伝子は不変というそれまでの常識を覆したのである。
しかも、この離れて存在するDNAのつなぎ換え(再構成)というやり方で、限られた数の遺伝子断片を使って、無数のバリエーションを作り出すことができることを証明したのだ。
(中略)
免疫系は、未知のいかなる鍵にでもフィットできる一揃いの鍵穴(レパートリーとりう)を作り出すのである。
免疫系は、このようにして造物主DNAの決定から自由になり、さまざまな偶然を取り込みながら、個体ごとに別々のレパートリーを作り出すようになる。生命の個別性というのは、利己的遺伝子の指令で百パーセント決められていたわけではなかったのだ。(p.51、l.2-p.52、l.17)