脳神経系の老化はまず、神経細胞が「生理的に」死んでゆくことから始まる。これも一種のアポトーシス(プログラムされた死)であるとされている。二十歳を過ぎたころから、一日十万個ていどの細胞が脳の中で死んでいくといわれている。アルコールや薬剤はこれを助長するという。
それにも拘わらず、脳神経系の老化による変化は、他の臓器に比べてむしろ軽微である。それはこの臓器が、百四十億個を越える大脳の神経細胞(ニューロン)で構成される、きわめて予備能力の高いシステムであるからである。たとえ五十年間にわたって一日十万個の細胞が死んでいっても、たかだか十三パーセント程度の減少に過ぎない。百歳になって初めて約二十パーセントの神経細胞が死ぬ計算である。それに対して、一生の間で使われている神経細胞は十パーセントていどと言われている。
だから、知的活動の衰えない百歳老人がいる。それは、脳神経系細胞には高い代償機能があって、ひとつの細胞の死を別の細胞が代償してくれるからである。(p.177、l.5-16)